Rose Diary

Twitter - Rose@Rose1985_Rose

Diary 19

最近は、周りの人と自分自身とを比較して、「私って、何もできない無能な人間なのだろうか」と思い、落ち込むことが多くなった。無能な私はそれらしく生きるしかない。やるせない気持ち。物凄いフラストレーション。

 

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私には、私のささやかな生活がある。何でもできる人たちがいるけれど、きっと私の感覚には合わないのだろう。

 

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やっぱり、人と会うたびに、私は落ち込んでしまう。周りの人が皆、自分に余裕を持っていたり、物事をよく知っていたりするような気がして、自分の無知ぶりを噛みしめる。私の人生は、何の含みもなく、薄っぺらいものなのだろうか。

 

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他人のことは気にしないようにする。これからは、そうしたい。自分自身の核を見抜いて、生きていきたい。

 

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超人的な、自分の力からかけ離れた能力を打ち出すことには、私は興味がない。人間的な営みや共感こそが、この世界を作っているのだと思いたい。

 

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周りの人と比較してばかりではなくて、純粋に自分を知ることができたら、どんなにいいだろう。

 

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自分の未熟さを責め続ける日々。私は、空虚な存在だった?過去をそういう風に否定する心の動きは、何だか寂しくもある。

永遠の祈り

私は、この世界の中で弱く貧しく生きている人たちに何らかの救済がないものかと、何度も考え、祈るような気持ちになることがあります。祈るだけじゃ何にもならないとか、具体的なことをした方がいいのかもしれないと思うこともあったのですが、鈴木 大拙の本を読んでいると、「祈りは駄目ではなく、その祈る刹那が永遠の未来になる」という内容のことが書かれてあり、私の小さな祈りや願いも、続けていれば、永遠の祈りとして、未来に生きる人たちの心の平和につながっていくのかもしれないと思えてくるようになりました。この世の中の混沌は、簡単には失くなりません。だからこそ私は、少しでも平和や希望が人々の心に宿りますように、と祈り続けていくのです。

Diary 18

私は日記に向かって、呼びかける。あなたこそ、私の青い鳥!幸せはこんな所にあったのね、と。今まで本当にたくさんの日記を書いてきたけれど、日記の大切さに私は全く気付いていなかった。今となっては、日記のノートに向かうことが、私に人生の甘美さを教えてくれるような、そんな気がする。色々なことを経験して、ようやくこの私の書いている日記こそが人生の真髄だとわかったのだ。私の心の映し鏡、それが日記。今、日記に向かって、凄く気持ちがワクワクしている!私の文章を書く能力なんて大したモノではないが、これからも思ったことや感じたことを書いていけたらいいな。もちろん、不満や苦痛、自己嫌悪もいっぱいだ。そういったこともあるのだけれど、日記と一緒だったら、乗り越えていけそうな気がする。しっかりとこの日記のノートと向かい合うことで、私の気分は改まったのだ。日記を書くことの中に、私の人生が存在する。私は日記のことを強く想い、それに対して、そばに居て欲しいと強く願っている。夢の在り方が、この日記の中にあるのだと、私は思いたい。

 

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いい日記を書くコツって、何だろう。素直さはなかなか報われないけれど、やっぱりそれでも、その素直さを大事にすることなんだと、私は思う。私の中の「物語」が、この日記の中にはある。日記を書くことは、私の個性そのもの。新鮮さも閃きも、日記の中にはある。何よりも、日記は確かに私自身を受け止めてくれる!

“Les cent et une nuits”('94)


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シネマ誕生100年を記念して、Agnès Varda監督が制作した映画です。映画を学ぶ女学生カミーユは、100歳になる老人シネマ氏に雇われて、101日間映画の話をすることになりました。この映画の中では、様々な映画についての話題が出てきて、名優が登場してきます。Luis Buñuel監督の映画“L'âge d'or”から引用した「全ての記念行事は欺瞞に満ちてる、忘却万歳!」という台詞に、100年もの映画史以上に大事なのは、これからの映画なんだな、と私は思いました。カミーユの恋人ミカは映画監督を志して、短編映画を作っています。ミカの映画への欲望や恋に、若者が作り出していく映画の未来を見たような気がしました。

Sadness

悲しみや鬱をたたえていてもいいではないか、と思えてくる。昨日の私は、あんまり悩んでいなかった。だから、少し気分が重かったり苦悩しているぐらいの方が、私にとって丁度いい。

 

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私はついに過去に抱き続けてきた悲しみや鬱屈とした思いをモノにしたような気がする。退屈や死も、その思いの中にはある。今日の私は、そういう境遇に置かれたぐらいでは死なない。

 

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悲哀といった人間の持つ負の部分に関しては、何かしら私の中で、洗練されたところがあると思いたい。本当はみっともなくも抱いてきた物事なのだけれど。私は若い頃からいわゆる「根暗」だったし、今に至るまで、暗いことには強いのだろうか。そして、穏やかに自分のそんな状態を分析しながら付き合っていくまでになった。この自己満足の度合いは、かなり強いかも。これだけ苦痛を抱えて生きてきた。それをモノにしたということは、お酒ナシでも自分に酔えると言ったっていいほど。悲しみをまとった自己に酔っている。

Ghosts

私の傍らには、幽霊の存在がいる。誰も信じてはくれないけれど。私についてまわるのは、人間の存在。でも、時々人間が嫌になる。私は「人間らしく」、ここまで何とかやってきた。そこそこマトモに見てもらおうと、少し意地を張ってきたのかもしれない。スーパーマーケットを出入りして、人の入り交う様子を眺めながら、ああ嫌になった、人間と関わるのはもう疲れた、とつくづく思う自分がいる。人間なんて、欲望とプライドのカタマリ!辛くて耐えられなくなって、夜中に泣き言を漏らす。そんな時に、幽霊は優しく私に語りかけてくる。時には力強く、かな?彼等(幽霊)の存在を信じることで、心を柔らかく保てる自分。彼等(幽霊)のことを信じているのは、何故だろう?自分のためかな。世の中のためにはならないかな。私は元々写真が好きだから、現実を見ている側面も持っている。そういったことと、幽霊を信じているオカルティックなこととは、どう出会うんだろう、と考えたりもする。これには今のところ、答えはナシ。

 

生と死の境界線を越えて、彼等(幽霊)はやってくる。私の元に、いつでもどこでもやってくるのだ。

Tarot 3

2018年10月の私自身と、そして世の中の運勢をタロット・カードで占ってみました。

 

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まずは、私の運勢。「Justice(正義)」の正位置のカードで、「バランスの取れた優雅な生活を送ることができる」と出ました。健康面では、「The sun(太陽)」の正位置のカードで、「タフでバイタリティに富む」と出ました。しかし、逆位置のカードも多く、対人関係において自分中心で相手を押さえつけると出たり、愛情面でとりこし苦労をして気持ちが伝わらないと出たり…。「他者と関係を保ったり愛情を注ぐことってなかなか難しいんだな」と感じる結果でした。

 

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次に、2018年10月の世の中の運勢です。健康において、「Strength(力)」の正位置のカードで「体力やスタミナ作りに向いている」と出ました。運動やスポーツの秋になりそうですね。ほとんどのカードは、逆位置は悪い意味なんですが、「The devil(悪魔)」と「Death(死)」のカードの逆位置がこの占いの結果で出て、それは良い意味を表しています。「The devil(悪魔)」の逆位置のカードは、気分転換の海外旅行が吉で、フリータイムに趣味を楽しめることを表していて、「Death(死)」の逆位置のカードは、希望のために苦境を克服できることを表していました。恋愛や結婚においては、期待外れの恋に終わるとか、円滑に運ばなくなるとか、相手とバランスが取れないというようなことが出ました。

 

 

(飽くまでも、私がタロット・カードをめくってした占いなので、もしこのブログの記事の、世の中の運勢の箇所を読んだとしても、あんまり気にしないで下さいね!本当のそれぞれ個人の運勢は、その人本人が握っているというのが、私の思いなので。)